大阪の学童保育の保護者、指導員の団体です。「子どもたちにより豊かな放課後を」を合言葉に活動しています。

おおさかのがくどうほいく 大阪の学童保育保護者・指導員、そして専門家の集団です。「より豊かな放課後を」合い言葉に日々活動に励んでいます。

庄井良信(北海道教育大学院・助教授)さんのお話

専門分野は臨床教育学。様々な悩みや困難を抱えた家族・地域・学校現場と手を繋ぎながら教育相談、教育治療活動に参画。主な著書『癒しと励ましの臨床教育学』(かもがわ出版)『揺れる子どもの心象風景』(新読書社)

【一部抜粋】  全文はこちらへ

 みなさん、こんにちは。北海道からやってまいりました庄井と申します。
 この「ランドセル揺れて」の上映にかかわりましては、すでに札幌で多くの方が実行委員会に集まりまして、のべ2000人近くという人数で大成功いたしました。その上映会でも2回ほどこの映画を見せていただきました。今日で3度目見せていただいたのですが、見せていただくたびにいろんな発見がありましてね、「困ったときはお互いさまや」という人と人とのきづなが生まれて行く文化というのは、今の日本の世の中で、どこか忘れていたものかなぁとおもうんです。

 学童保育というのをご存知の方も多いと思いますけども、1997年の「児童福祉法」の中で、「放課後児童健全育成事業」として、それ以降今、全国でおそらく1万3000ヵ所以上というふうに、どんどん制度は広がっていますが、残念ながら、まだ学童保育というものを知らない、一体それは、何を目指して、そして、どのようなことが行われている場所なのかていうことをまだ知らないという方もまだたくさんいらっしゃいました。
 先日、北海道新聞の記者の方がこの上映会のことで取材がありましてね、30台半ばぐらいの若い記者の方だったんですが、いろいろこの学童保育について話し合いました。すると、その記者の方が「いろんなことが発見できた」とおっしゃったんです。この学童保育というのが、放課後、お父ちゃんやお母ちゃんが一生懸命働いていて「ただいま」って言って帰っていく場所がない子どもたちに「ただいま」と言って帰っていく場所がある。そして、それは「昼間の兄弟」と言われている。そこまではその記者の方もご存知だったんです。だけれども、今日はみなさんに問題提起したいと思ってるんですけども、この学童保育は、そういう場所として、本当に困ったときは「何かできることはないかなぁ」という人の知恵から生まれてきた、そして、非常に短い間にこれだけ大きなうねりになって、その人と人との和が広がってきたと言うことではありますけれども、同時にそれは、未来への大事な種まきなんだって思うんですね。

 今日これからお話したいのは、今、おそらくみなさんが、日本中の親たちが、あるいは先生方が、いろいろな意味で心配をし、胸を痛めている、たとえば、長崎で、東京の都心で起きた、あるいは、沖縄で起きた少年たちによるさまざまな事件や、あるいは、事件に巻き込まれていった少年、少女たちの問題っていうのが、あると思うんです。こういう子どもたちを、どう理解してそして、そこで大人として何ができるのかって考えたときに、その子たちをカウンセラーやあるいは専門家の人が一対一でサポートしていく、あるいは、その子たちを理解し、援助していくことも、ある意味ではとても大事なことだと思いますが、私たちに今問われているのは、ああいう子どもたちが地域の中で、なぜ生まれてくるのか、あるいは、生まれてこざるをえないのかということです。おそらく、多くの少年事件がそうであるように、加害者の側のご両親も、勿論、被害者の側のご両親もあるいはその事件にかかわりあった周りの大人たちも、今の時代、必死で生きていると思うんです。子どもたちにできれば愛情をたっぷり注ぎたいって、いつも願って生きているんだと思うんです。少なくとも、私のところへ教育相談でいろんな困難を抱えてこられるお父さん、お母さん方はみんなそうだって思うんです。

 よく世間では、困難をかかえた子どもたちの親を「どんな親だ」「本当に子どもを愛しているのか」とか「本当に子どものことを大事に育ててきたのか」って、そういう世論がしばしば生まれます。これは、今の社会がとっても不安だから、誰かが悪いことにしないと、落ち着かないという心理がどうしても働いてしまうんだと思うんです。けれどもね、私が出会ってきた親たちは、本当は「とってもいい親したかった」って言うんですよ。

 ある精神化のお医者さんの学会で、こんな調査があったんです。5歳から15歳までの子どもたちに「みなさんにとって家族とはどういうイメージですか」と言うアンケートを取ったんですが、そしたらね、1989年、今から10年前の子ども達は「家族というのは、お父ちゃん、おかあちゃんあるいは、おじいちゃん、おばあちゃん、あのね、こんなことができるようになったんだよ。こんなステキなことがあったんだよってことを真っ先に教えたい」って、それが家族だって、家族って明るい話ができるところだ」と答えた子どもは10年前も、今もほとんど変わらないんだそうです。

ところが、その逆に、「家族にならば、暗い話もできる。家族というのは、つらいことやしんどいことでも聞いてくれる場所だ」と答えた子どもは、10年前に比べて激しくその割合が減っていると言う報告がありました。「家族でその暗い話がなかなかできない子どもたちが増えている」と言う実態が報告され、そして、その背景に「おそらく、今のお父ちゃん、お母ちゃん方が働いている社会そのもののやはり影響があるだろうな」一生懸命生きてるんだけども、もう、お父さんも、お母さんも、本当にぎりぎりのところで、今日の映画の先生のように、ぎりぎりのところで頑張ってるんですよ。そして、本当は子どもが風邪を引いたら「ぴったり付いて、一日甘えさせたい」と思いながら、なかなかそれもかなわないと。流行のバックを買ってあげたいなと思いながらも、それもなかなかかなわない。という中で、その子どもを愛する気持ちが強ければ強いほど、それができない自分のことを責めつづけて、爪先立ちで頑張ってますから、そういう親の姿を見て「ただいま」といって帰ってくると「イヤー、今日はしんどかったなぁ」とか、あるいは「今日は眠くてかなわん」と子どもはいいましたね。ああいうような言葉が出ないっていうんです子どもが。「ただいま」って帰ってきて、親の顔を見たら、ゴクってそういう暗い話しは呑み込んでしまう子どもが多いと。

そして、学会の調査で、「ジャァそんな暗い話は誰にするんですか」とたずねたら、かなりの子どもたちが「ペットに話す」と言っております。そういえば、今日の場面でも、お母ちゃんにハムスターを買ってもらえなかった子が、ハムスターをじっと見つめてしくしく泣いてましたけど「それはなぜですか」ってたずねたら、多くの子どもが「そりゃぁ、ペットは黙って聞いてくれるから」こういってますよ。言われてみると「そうかな」と思うんです。ハムスターも、ワンちゃんも、猫ちゃんも「今、忙しいからちょっとやめといて」とかって言わないわけですよ。そんな存在が、今の家族の風景になってきてるのかなと思うんです。これは、両親共働きの家族であろうが、あるいは、お母さんが家にいて、という家族であろうが、変わらないそうです。それだけ家族っていうのが、つらいこと、しんどいことっていうのをなかなか人に話せないって、そういう関係に変わってきてしまっているていう報告を聞いて「なるほどな」って思わされたことを思い出します。

 今、社会の上に立つ人たちが、しばしば言うのは「おとうさん、お母さんしっかり子どもを愛してあげてください」「とか、あるいは「お父さん、お母さんの心がけで、子どもは良くも悪くもなりますよ」って言う話を今の社会のリーダーの人たちから聞くことがしばしばありますが、私は、教育相談活動をずっとやっていく中で、そんなことを言われても、ぎりぎりのところで頑張っているお父ちゃん、おかあちゃんに「心がけでいい親になれ」って言われてもね「それは無理じゃあないかな」って思うことがしばしばあります。私の実感です。そして、そういう状況にお父さん、お母さん方が、共働きであろうが、そうでなかろうが追い詰められているっていうこの地域の実態の中で、あるいは、多くの家庭がそういう実態の中で、私たちが「子ども達を守っていくために、何ができるんだろうか」って考えたら、やはり、地域の中に子どもたちが「困ったなぁ、つらいなぁ、しんどいなぁ」っていう思いを、聞き取ってくれるそういう見守り手を地域の中にもう一回「再生」していく、あえて私は「再生」という言葉を使いますけれども、かつては、いろんなところでそういうものがあったんだと思うんですね。

 地域の中には、いろいろ明るい話をして一緒に喜び合う人もいれば、つらい話や、暗い話をしてちゃんと手をつなぎ合える人もいてくれた。それが、1970年、80年、90年そして、今日にいたるまで、そのきづなが段々段々見えなくなっていった。明るさでつながりあえるきづなというのは、おそらくこの厳しい競争社会の中では、未だにあるかも知れませんね。さっきの家族イメージが変わっていないように、おそらく社会の中でも「やったぞ!すごいだろう!」「よかったなぁ」とか、表面的にでも言い合って、明るく声かけ合うという文化は今でもあるかも知れない。ただ、それが本当の明るさかどうかはわからない。だけど、暗さやつらさっていうものをしみじみと語り合うという文化は一体どこに行ってしまったんだろうか。


 今の子どもたちがそういう大人との関係や、そういう年上のお兄ちゃんやお姉ちゃんとの関係が、おじちゃん、おばちゃんとの関係や友だち関係、そういうものがなかなか見つからないで「誰か助けて!って、一杯SOSを出しているんじゃぁないかな」って思うことがしばしばあります。突然パニックになるとかね、いうのも突然なっているわけではないでしょう。

 実は、一杯呑み込んで、呑み込んで、つらい感情とか「悲しいよ」とか「いやだったよ」とかそういうマイナスの感情を、人に伝えようと思ったら「やめとこ、やめとこ」といって呑み込んでいるうちに、なべの中は、マイナスの感情で一杯になってきている。そうすると、もうこんなに一杯マイナスの感情が固まっているから、それと向かい合うのもいやなんです。「どうやって向かい合ったらいいんだ。このマイナスの感情の塊に」ってどきどきしている子どもたちが一杯いる。

 急なお客様が来たときに、そこら辺にあるものを「少しお待ちください」といって、押入れの中に溜め込んでしまうことありますよね。でも、ある許容量まではいいけれども、ぎりぎりまで溜め込んで、押入れの扉を閉めたら、押入れを見るとぞっとするでしょう「やばいなぁ!この押入れ」と思うわけです。その押入れに、ちょっとでも触れた瞬間に「やめといて!触らないで!」って思うんです。お客さまがちょっとでも押入れに触れそうになったら「ちょっと触らないでください」っていうことになる。

 子どもたちがパニックになる瞬間て、そんな瞬間なんです。マイナスの感情が一杯たまってて、そこに誰かがあるきっかけで、触りそうになる。そうすると「あ!やめて!」となる。頭が真っ白になってパニックになる。よく子どもを見てると、そういう瞬間に子どもたちは、荒れたり、切れたりする姿が見えるような気がします。

 つらいとき、しんどいときに、マイナスの感情を溜め込んで、それを言葉にしたり、自分でそれに気づいていくのを手伝ってくれる共存的な他者、つまり、隣にそっと居てくれる「隣のトトロ」のように、隣にそっと居てくれて、そのことをじっと聞いてくれるという、そういう人にめぐり合わない子どもたちは、溜め込んで、溜め込んで、明るく元気な表向きの自分と、マイナスの感情を溜め込んでいる裏向きの自分を、自分自身の中で使い分けている。使い分けているうちはまだいいんですけど、そのうちに、段々自分が自分で統合できなくなる。ばらばらになっていくというのを心理学では「かえり」と言うんですが、こういう状況に追い詰められている子どもたちが、今、地域の中でたくさん生まれているような気がするんです。それは、「大人たちも同じようなこころ模様の時代を生きているからじゃあないかな」と思うことがしばしばあります。


 学童保育がね、今、子どもたちにプレゼントしているものっていうのは、私はそういう部分がたくさんあるように思います。大人の社会が、それとは正反対の風が非常に強く吹いて、戸惑っているお父ちゃん、おかあちゃんが、たくさんおられるんです。だけど、子どもたちが「ただいま、お帰り」って迎えてもらうあの囲炉裏端のような関係の中でね、本当に成長していく姿を今日の映画の中にあるように、親たちが見据えていってね、そして、親たちも「俺たちも今、一生懸命頑張っているけど、みんな弱さをかかえて、弱さをいとおしみながら、欠けてる部分はお互い補い合いながら、一緒に子育てしような」っていう、そういう新しい絆が地域の中に生まれているっていうのは、私は、地域の中で、子どもを育てるっていう、新しい教育力がそこで「再生」してきているんだろうって思うんです。

 もうひとつは、そのときに、さっき囲炉裏端というお話をしましたけれど、子どもたちが今、発達の原点で、一番忘れられているのは、響きあう関係だと思うんです。私は今日のテーマに「響き合う子どもたち」ってのを入れたんですけれども、「群れる」とか、「だっこされて一緒に遊んでもらう」とか、ちっちゃな子がお姉ちゃんのひざに入ってね、一緒にトランプ教えてもらう姿とか、ちっちゃい子が最後まで残ってね、先生にボタンはめてもらって「帰ろか」って言っても、帰ろうとしない姿だとか、人と人とがね、響き合って静かに時を過ごしていく。子どもたちが体と体を響き合わせて遊ぶ。この「響き合う関係」というものが、今、幼少期から奪われているんじゃあないか、ってことがさまざまな研究者が指摘してるんです。東京大学のしおみとしゆきさんは「だっこを嫌がる子が増えている」って、3年ぐらい前でしょうかね、指摘されていました。

 そして、保育園では「うちの保育園ではパソコンやりますよ」なんてね。そういう機械とは交渉するけれども、人と人とが「コマッタァ」とか「怖いよー」って言ったときに、ぱっとだきついて「どうした、どうした」といって、体と体を響き合ってもらう。マイナスの感情をかかえて飛び込んできたときに、体と体を響き合わせて、充電させてもらうという経験が、なかなかない子たちは、人と人との関係においてもね、あるいは、自分自身の安心感の上でも、いろいろな忘れ物をして育っていく。

 困ったときに「トトロ」がいない子になっちゃうんですそういう子は。つまり「助けて」といったときに、周りを見たときに、誰もいないんじゃあないかって、急激不安に襲われて、そして「どうせ誰にもわかってもらえない」というパニックの中で、いろんな暴力や攻撃性をかかえこんでいる子どもたちが今、生まれている。乳幼時期の「原体験」というのはね、体と体で響き合うという、こういう関係をたくさん積むということ。これは、お父さん、お母さんだけの関係ではないんですよ。実は、同じような年齢の子どもたち同志、ちょっと年の離れた子どもたち同志が「群れて遊ぶ」なんていうのは、実は、そういう体と体で響き合う感覚っていうものを、あるいは、そこで学ぶ距離感覚ってものを子どもはたっぷり学んでるわけです。

 そして、その中で「自分には響き合う他者がたくさんいる」ってことを、そういう対人イメージを内面化してきた子どもたちは、心の中に「トトロ」のいる子どもたちになるんです。自分自身の中の生涯の相談相手です。そういうイメージをなかなか持てない子どもたちが、いろんな困難をかかえているんじゃぁないかって思うんです。

 そういう意味で、今ね、こういう子どもたちが地域でたくさん増えている。それは、両親共働きの家庭であろうと、あるいは、そうでない家庭であろうと、必ず子どもたちがかかえてきている問題じゃあないかなって思うんです。そのために、私たちは、やはり地域の中で、子どもたちが「困ったなぁ」「不思議だなぁ」「何でだろうなぁ」「なんか知らないけどイライラ、モヤモヤ、ムカムカするなぁ」って、その思いをね、あるがままに、まず「お帰り」って受け止めてもらえるような、見守ってくれるような他者っていうのが「地域の中にたくさん生まれていく必要があるんだろうな」って思うんです。

 人格が丸ごと統合されて「僕は、僕なんだ。これが私なんだ」って、他人と一緒にいながらも、自分が自分らしくあれるっていう、そういうものを子どもが、しっかり自覚できるようになったときに、子どもたちは、たくましく自立していくんじゃあないかって、それがなかなかできないっていうのは、とてもつらいことだと思うんですよね。だから、私は、たぶん学童保育の中で、とくに、低学年の子どもたちが、しくしく泣く。これは、成長過程でとっても大事なことでね、私は、子どもたちは、ある年までは泣くのが仕事だと思っています。泣いたときに、ちゃんとかけつけてくれて「どうしたの」って聞き取ってくれる。そういう人間関係があるって安心できるようになった子どもたちは、比較的早くなんやかんやですぐメソメソする子じゃぁなくて、安心感があって泣ける子になるんじゃあないかって思うんですよ。
 今、爪先立ちをして地域で一生懸命頑張っている子どもたちには「泣いてもいいよ」って、そういう声をかけてあげられる大人たちがいっぱい必要なんじゃあないかなって思うことがあります。

 大人もそうでしょうけども、一生懸命やればやるほどつまづくでしょう。「何かやろう」と思ったときに、つまづき、立ち止まるわけで、そういうときには「充電したい」って思うわけです。と思ったら、つまづき、立ち大人でもそうではないですか。「誰かに聞いてもらいたい」と思う。子どもならなおさらですよ。「頑張ろう」とする頑張り屋さんであるほど、つまづいて、充電したいってときが、必ず来ます。そのときに「どこに僕の充電器ある」って、子どもは捜すんだと思うんです。私は、家族っていうのがその大切な充電器になるってことは勿論ですけども、私は、家族以外にも、子どもにとって、そういう充電器になるところ、甘やかされる場所じゃあなくて、一生懸命頑張った自分が立ち止まったときに「甘えさせてもらうところ」そういう場がね、地域の中によみがえっていくことが大事じゃあないかなって思うんです。

 一歩頑張る自分で生きるところだと「ただいま」って帰ってくるところは、頑張る自分もいるけれど、頑張らないときも、そんな自分も好きって言ってくれるから。そういう両面をしっかり見つめてくれて、子どもとともに生きてくれる、そういう人が地域の中にいるってことが、これから地域を「再生」してゆこうと「子どもたちをともに育てる地域をつくって行こう」って時には、とっても大事なことなんじゃあないかと思うんです。

 そういう思いを抱きながら、今日の映画も見せていただきました。おそらくこれが、勿論、この大阪の地でもね、全国でもね、多くの人たちが、この映画を見ていただきながら「ああ、こうやってただいま」って帰ってくる場所。そこでみえてくる子どもたちの姿とか、そこで奮闘していらっしゃる指導員の姿とか、いうものを見ながら、何かしみじみとね、突っ張らないで、「こういう大人たちが地域にたくさんいてくれたらなぁ」そしたら、一人の親としても「もうちょっと頑張れるかも知れない」そんなアドバルーンのように理想的な親になるというのじゃあなくて「この先生方と一緒に自分も親になっていくんだなぁ」って「そういう一歩一歩トボトボと歩みをつづけていくという、そういう親としての歩み方もあるんだなぁ」っておもえるようになったときに、子どもたちは、そういう親の姿を見て、また、安心感を太らせて、子どもたちがその地域でね、いろんなそういう友だちと「お兄ちゃん、お姉ちゃん、地域の中にたくさんいたな」その子どもたちがまた、その地域で暮らしていくわけじゃあないですか。そのおにいちゃん、お姉ちゃんとともに生きてきた、子どもたちが、今度は地域の中で「この地域をどうして行こうか」って「もっと僕たちの夢があるような地域にするにはどうしたらいいか」ってときに、大事なきづなを結び合っている。そういう意味で、私は、学童保育は、未来の地域共同の種まきだって思うんです。

 一親として、それを思うと同時に、これを機会に、この映画の原作になった本、これを読んでますと、大阪の地で、いろんなことにつまづきながら、頭を悩ましながら、歩みをすすめて来られたその指導員の方々の思いや、ともに歩まれた親たちの思いがぎっしり詰まってる本で、わたしも、飛行機の中でも、本当に何度も読み返しました。こういう営みが大阪からはじまって、そして、そこからこの映画が生まれて、それが、全国のね、親たちを励ましている。あるいは、指導員の方々を励ましている。

 それだけでなくて、実は、そのことが大きな種まきをしている、そのことを皆さんとともに、確かめ合っていけたらなって思ってます。

 今日は、土曜日の貴重な日だったと思います。みなさんそれぞれにそれぞれの生活がありますのにね、こうしてご縁があってここでお会いできたことを、何より感謝したいと思います。また、大阪の人たちと一緒に励ましあって、今、北海道は涼しく10度ほどの温度差がありますが、気温に差があっても、かかえてる悩みは同じなんです。これを機会に、支えあえるようなきづなが、ここから生まれてほしいなってことを、願って今日のお話に変えさせていただきたいと思います。

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