『日本の学童ほいく』誌をちょっぴり散歩する
2012年12月19日
泊 唯 男
ずいそう
いやはや、今回も驚きました。前回に続いて窪寺恒己さんの「海が教えてくれたこと」でマッコウクジラが引き続き登場です。このマッコウクジラ、オスでは16~18㍍のどでかい身体に体重は50トン。コヤツが1時間以上、しかも3000㍍近い深海へ潜り続けるのですからビックリ。イヤこれで驚いてはいけない。なぜにこれほどの時間潜り続けるかと言えば、それは深海にしか生息しないイカ群がお目当てだそうです。そう、マッコウクジラの主食はイカ類なのです(ということも初めて知りました)。
それでですね(前田美子さんの口癖)、マッコウクジラがイカほどのイカをお食べになるかと言えば、1日1350㎏。北西太平洋には約20万頭のマッコウクジラが生息していると推定されており、従ってコヤツらがよってたかって食らうイカさんたちは、なんと1日20万トン。1年で7300万トン近いイカ類が食べられていると窪寺さんは計算します。しかもこれらは食べられる量であって、子孫繁栄のためにはその数十倍以上のイカさんたちが必要ですから、私たちが見ることのない深海の世界には、おびただしい数のイカが生息することになるのです。あっちを向いてもイカ、こっちを向いてもイカ・・・イカ、イカ、イカの世界なんですね。
こどもの詩
靴が脱げそうになったから、かけっこで5番目になった「くまがいけい」ちゃんの“辛い”体験、来年は頑張ろうね。でも、ボクのふたりの息子たちも子ども時代にかけっこでは“辛い”体験をしてきました。リレーでバトンをトップで受け継ぎ、気持ちよく先頭を颯爽と走っていたのに、次々と後者ランナーに抜かれた“辛い”経験を長男は持っているし、予行演習があるとはりきって保育所に向かったのに、ゴムの切れたパンツをはいていたため(はかせたのはボク)、ずれるパンツに気をとられ、必死に押さえながらどん尻を走る“辛い”体験を次男もしています。少年たちは“辛い”体験を積み重ねて成長するのだ。
特集:子どもとことば
経済効率が優先される状況の広がりは、残念ながら僕たちの学童保育分野にもジワリジワリとにじみよって、「費用対効果」なる言葉で学童保育実践が図られる、なんて場面も時にあります。木下孝司先生が指摘される「『損得勘定』で教育・保育・福祉を考える発想が現場に押し寄せている」実感をボクも抱いています。だからこそ「伝える技術」の伝授だけではなく、「伝えたい気持ち」を育むことの重要性を強調する木下先生の主張に喝采するのです。
「今日あった、普通の出来事」にしっかりと耳を傾ける努力をされている槇恵美さん、自分の思いを正確に伝える言葉を選択してほしいとわが子に願い、相手の気持ちにより添う言葉を大切にしている小矢田由希さん、とても子どもたちとの言葉キャッチボールを大切にされています。今もそうですが、子どもたちが小さい頃も、夕食を共にすることが少なく、寝顔を見ながら連れ合いから子どもたちが語ったと言う「その日」を聞くのが、とっても楽しみでした。ボクは直接、彼らから聞くことがあまりなかったけれど、とにかく兄弟してよくしゃべる子どもたちでした。それが思春期を迎えると、兄弟揃っておしゃべりは“ピタッ”となくなり、けれど、面白いことに大人になった今、それぞれが、また自身のことをよく話してくれるようになりました。根はおしゃべりなんです、親に似て。
子どもの言葉を聞き取り、子ども理解を如何に深めていけるかは指導員の力量の問われるところ。特集で報告された中迎佳世さん、亀掛川茂さんの2本の実践は指導員必読のレポートです。子ども一人ひとりの言葉に耳を傾け、思いによりそい働きかけをすること。頭で理解できてもいざ実践となると、そうたやすくないことを日々、指導員は実感しています。亀掛川さんは「何気ない言葉のやりとりのなかで、子どもの日常生活が解り、その気持ちが伝わってくること」があるとさらりと言ってのけられますが、これが難しいんですね。西淀川区の中迎さん、楽しく愉快な実践、ありがとう!
講座:ゆらぐ自分を認める
指導員の仕事は厳しいなぁと、年度末に近づくとヒシヒシと感じます。今年も30年近い経験をもつ指導員、かけがえのない仲間が、定年を待たずに退職し学童保育の現場から離れていきます。子どもとの関係に疲れ、保護者の関わりに確信が持てず、「ゆれる」自分にこの仕事を継続していく自信が失せた、というのです。垣内国光先生のシリーズ講座の4回目「ゆらぐ自分を認める」を何度も何度も繰り返して読みました。経験の長短に関わりなく、イヤむしろ経験の豊かな指導員ほど仕事の「ゆらぎ」が大きくなる、「振幅の激しい仕事」です。だけど垣内先生は言われる。「ゆらぐこと自体に、価値がある」。あぁ、この一言で救われる指導員は多いでしょうね。
指導員が日々直面するのは子どもであり、保護者です。ゆえにヒトを対象とする仕事である限り、様々な「ゆらぎ」が生じて当たり前、そこをごまかさず直視しながら、実践を捉えていくことの意味を垣内先生は、尾崎新さんの「『ゆらぐ』ことのできる力―ゆらぎと社会福祉実践」(誠真書房)を手がかりに解き明かして行かれます。垣内先生が紹介された尾崎さんの本、ぜひ、年末年始の休みに読んでみたい書物です。今日、本屋さんに出かけよう!
私は指導員
ボクが共同学童保育の指導員に成り立ての頃、大阪市では3年目と7年目に「2つの危機」が指導員を直撃するといわれたものでした。子どもが好きで指導員になったものの、「好きだけではやれない」仕事の難しさに折れてしまうのが3年目。そして運営(財政)状況が解りはじめ、自分よりも賃金の安い新人の指導員を雇用する方が、保護者負担を軽減できるのではと迷い始める7年目。そうした曲折を踏みながら、「指導員になっていく」と振り返って思います。指導員に就いたときが指導員なのではなく、実践を積み重ねていくことによって「指導員になっていく」ことを実体験をもって確信的に言えるのですが、7年目を迎えた指導員・後藤潤平さんの手記「私は指導員」も「指導員になっていくこと」が綴られています。
感想文でした
今回は、前回とは違って絞って感想文を書きました。少々、前回でエネルギーを注ぎすぎたかも知れません。でも、今回も思うことは『日本の学童ほいく』誌を「置い読」「積ん読」「眺め読」ではアカンなぁ、ということ。書かれてある内容は「学童保育」とは何かに立ち返れるものばかり。1ヶ月に1回、心を清めながら新鮮な気持ちで「学童保育とは何か」を静かに振り返ることができるのが、この『日本の学童ほいく』誌の魅力です。学童保育に関わる保護者や指導員に、やっぱり薦めたい本です。もちろん専従者のボクにも!